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  • 執筆者の写真安楽雅志

「安楽」のルーツを訪ねる漫画

自分の名前は「安楽」と言います。

鹿児島、九州に比較的見かける名前ですが、あまりない名前だと思います。

なので時々「安楽さん」という名前の方に会うと勝手に親近感を抱きます。


そもそも何で「安楽」という名前なのか。ルーツなど気になっていましたが、今回お仕事で客船運行されてるさんふらわあさんからポスターを描く仕事をいただいたご縁で鹿児島県志布志に行くことができました。


志布志には「安楽」という地名があり、川や神社にも「安楽」と冠されてます。


気になる


ということで行って見聞きしたことを漫画にしました。


日本全国の「安楽さん」にぜひご覧いただきたいです





自分の名前も安楽なので、現地に行って地名の成り立ちや「安楽」の伝播を感じられたのはとても有意義でした。

もしお知り合いに「安楽さん」いましたらぜひ漫画を見てもらいたいなと思います。


志布志市役所の本庁に行ったら、あれこれ資料もいただきました

漫画では結構はしょってるので、気になる方はご覧ください。


天智天皇が安楽を生む
天智天皇のお言葉から「安楽」の名前が

天智天皇が姫を追いかけていった伝説から「安楽」という地名が生まれました。

姫は「えい」という土地にいて、薩摩半島(鹿児島の西の半島)の南側にあったというような記載があります


漫画は市役所の方の話によれば、地元の絵を描かれる方が描いたそうです。

ほのぼのして素敵な絵

逃げた姫を追いかけて鹿児島の志布志に上陸した様子が漫画になっています

ちなみに「志布志」は当時「高浜の床」と呼ばれてました。

天智天皇が降り立った地を「船磯」という名で志布志に残ってるそうです。


天智天皇が姫に恋焦がれる様子
天智天皇が姫に恋焦がれる様子

逃げたお姫様がどこにいるかを探す様子。

スマホに慣れきっているとGPSだLINEだと居場所も連絡もしやすいですが、当時は人海戦術。

大変さが伝わります。




安楽城の歴史
平安時代の安楽為成(ためなり)登場の詳細

安楽城の歴史や「安楽」を名乗るまでの過程が記載されています。


伊佐平氏(平氏)が治める→その一派の救仁院(くにいん)氏が治める→その一派の安楽氏が治める


といったイメージです


もっと詳しい資料もありますが、webだと多分見辛くなるので、興味ある安楽さんは志布志に直接いってみてください。

市役所に連絡すると何かしら教えてくださると思います。


安楽山宮神社

「安楽」の地で一番の尋ねどころは安楽山宮神社でしょう。

記載には「山宮神社」としか記載がないですが一般的には安楽山宮神社と呼ばれているそうです



毎年2月の第二週(今年だと2/11、12)安楽山宮神社で盛大に春祭りをされてるそうです。

https://www.pref.kagoshima.jp/ab10/kyoiku-bunka/bunka/museum/shichoson/shibushi/yamamiya.html (2023年はコロナ自粛でちんまり開催だとか) なかなか盛り上がるそうなので興味ある安楽さんはこの辺を狙って安楽探訪されるのもありかと思います。


ちなみに「志布志」という地名も天智天皇由来だそうです。

簡単にいうと、天智天皇が長逗留になったので、地元の方が布を差し出し、さらにその娘も布を差し出したことに天智天皇が感動して「親子揃って良い志(志)だ」とほめたのがきっかけで


お母さんの「志」+ 布 +娘の「志」


志が布で挟まれているというような意味合いで「志布志」になったのだとか


これを機にいろんな土地で活躍されている「安楽さん」にお会いできたらいいなと思いました。



最後にご縁いただいたさんふらわあさんのポスターのご紹介。

このポスターを描いたのがきっかけで志布志に行く機会をいただき、「安楽」についてあれこれ知ることができました。

大阪から出港しています。

大阪の安楽さんはぜひ、さんふらわあに乗って志布志にお越しなられるのをお勧めします。

ありがとうございます。

1件のコメント

1件のコメント


小林理果
小林理果
2023年3月27日

みよし柿カレーです。

先日のイベントでご一緒させて頂きました。義母が志布志出身です。オドロキ 残念ながら愛子ではありません。

そして、豊田のイベントに出たときにテーブルにサンフラワーのキーホルダーが残してあり自宅玄関にいまもあります。なんてご縁。

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